GRAVITAS&GRACE

( Who is gravitas & grace? / 005 ボリス・ヴィアン )

「この世の中で2つだけ存在し続けるものがあるとしたら、かわいい少女たちとの恋愛とニューオリンズ、あるいはデューク・エリントンの音楽だけだ。それ以外は、すべて消え失せたっていい、醜いんだから…」
それは、1959年、自らが原作した映画『墓に唾をかけろ』の試写会中に39歳で急死したボリス・ヴィアンが、代表作『日々の泡(うたかたの日々)』の序文として書いた言葉である。生前のヴィアンは、小説家としてよりも、ジャズのトランぺッター、あるいは作詞家や歌手としての方が有名だった。
彼はお気に入りの服を着て、地下の穴蔵酒場「タブー」に出かけては、夜通しトラッペットを吹き、セッションし、客たちは夜明けまでダンスした。
当時の彼の審美眼は、作品『日々の泡』の中に散りばめられている。
噴霧器で吹きつけられるポマードと琥珀の櫛で作られるオレンジ色の髪の線、鮫皮のサンダル、深い青緑色の畝織りビロードパンツ、淡褐色のキャラマンコ羅紗のジャケット…。
作曲され、シャンソンの佳曲となった『ぼくはスノッブ』には、偽悪的でアイロニカルな彼の美意識が存分に表出されている。
「ぼくはスノッブ 、ぼくの気に入っている、唯一の欠点。 (中略) オーガンディのシャツ 、ゼビュウ皮の靴、イタリア製のネクタイ 、虫のくった古めかしい背広。 指にはルビー、足の指だぜ! 小さくて、イカしたハンカチ。スウェーデン映画を観に、映画館に出かける、ビストロに寄る」
やがて、コクトーやサルトル、ボーヴォワールらによって再評価されるまで、偉大なるアマチュアとして、トランペットとギターを持ち、パリ、サンジェルマン・デ・プレの街を生き急いだヴィアン。
彼の人生そのものが、夢と現実が交錯する苦いユーモアで彩られた文学だった。

gravitas & graceは、控えめに息を注いだボリス・ヴィアンのシャイなインプロヴィゼーションの中にある。

文:森 一起

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